【楠目城跡は立ち入り禁止です】
私有地のため、立ち入り禁止となっております。一切の立ち入りを禁止します。
戦国土佐七雄にも数えられる山田氏の城跡で、建久年間(1190年から1198年)に源頼朝の命を受けた中原太郎秋家が、土佐に下り香我美町宗我部(そがべ)、深淵(ふかぶち)の二郷の地頭職に着任したのち、楠目城に移り山田氏を名乗ったといわれています。
天文年間(1532年から1554年)の終わりごろ、長宗我部国親に攻められ落城しました。
城跡の頂上に「北ノ森詰」「南ノ森詰」「マリノニワ」等があり、空濠や土塁が昔の名残をとどめています。